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高松高等裁判所 昭和37年(ネ)207号 判決

主文

原判決主文第一項を取り消す。

被控訴人の右部分の請求を棄却する。

訴訟費用および参加によつて生じた費用は、第一、二審分とも、被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文第一、二項同旨および「訴訟費用は、第一、二審分とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方および補助参加人らの事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、つぎに付加するほか、原判決の事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  控訴代理人は、つぎのとおり述べた。

1  買収の対象となつた本件農地は特定されている。

買収処分の対象たる農地は特定されていることを要するが、それは常に必ずしも、買収令書などにおいて、買収されるべき農地の所在、地番、地目および面積などが逐一記載され、或いは図面の添付などの方法により買収目的地が細大もらさず明確にされていなければ、買収処分が違法になるということを意味しない。買収の目的物たる農地の特定の有無については、結局各事案ごとに、個々にその記載の程度、内容など諸般の事情により判断すべきもので、要は、特定の部分を買収の目的とする趣旨であることが、関係当事者間に疑を容れない程度に認識されていたか否か、看取され得るか否かが問題とされなければならない。したがつて、たとい農地の所在、地番、地積が正確に把握し難くても、当該小作地が関係農地のいずれの部分に属するかが客観的に明確に判断される場合にあつては、関係農地数筆をかかげその一部を買収する旨を記載して、当該小作地を買収する旨の計画を樹立し、買収手続をなすことをもつて、直ちに違法とすべきではない。

これを本件についてみるに、昭和二五年一〇月一八日第一〇回斉津地区農地委員会(以下「第一〇回委員会」という。)における買収計画決議の内容、縦覧書および買収令書の記載内容は、被控訴人主張のとおりであるけれども、本件農地は、従来、公簿上においてそれぞれ地番、地目、地積が明確に表示されてはいるものの、もともと埋立によつてできたものであり、各筆の土地は、現地においては、その境界が客観的に明らかでなく、したがつて、いずれの地番が現地のどの部分に該当するか判然としないという特殊事情が存在した。そして、被控訴人と耕作者代表富永米太郎、同松本源一らとの間における土地返還に関する話合いおよび右土地返還契約の内容(甲第二号証の三の一、乙第九号証参照)第一〇回委員会における本件買収計画の審議および決議の経過、前述(原判決摘示)の界標杭の設置の事実、被控訴人は、昭和二五年一二月に、返還を受けた土地部分を自ら耕作し麦をまいた事実などを合わせ考えれば、本件土地の買収部分は、関係当事者間に疑を容れない程度に認識し、看取し得た実情にあつたと解するのが相当である。

2  本件については、農地委員の除斥規定の違反の事実はない。

原判決は、第一〇回委員会において、本件土地の一部を耕作している委員松本源一、同吉田源吉、同富永米太郎が、その審議に参加し、議決に際しても除外されなかつた旨事実を認定し、旧農地調整法一五条の二四の違背を理由に、本件買収計画の決議は無効であるとなし、ひいて本件買収処分は無効であると断じたのである。

しかし、右三名が議決に加わつていないことは、証拠上明らかである。また、松本源一の発言は、耕作者代表としての立場、富永米太郎の発言は、耕作者としての立場から、本件議案が審議されるにいたつた特殊事情にかんがみ、事案の説明をしたものであつて、委員としての発言ではなく、しかも右各発言は、旧農地調整法一五条の二四但書にいう「市町村農地委員会ノ同意」に基づくものである。よつて、右議決は違法ではない。

かりに右議決が違法であるとしても、最高裁判所昭和三八年一二月一二日言渡判決(民集一七巻一、六八二頁)の趣旨によれば、右のかしは、取り消し得べきかしに止まるのであつて、他に著しく決議の公正を害する特段の事由が認められない限り、右議決は無効ではないというべきである。

そして、本件では、他に著しく決議の公正を害する特段の事由はない。すなわち、

松本源一、富永米太郎らが発言したのは、前述のとおり、本件議案が審議されるにいたつた特殊事情に由来するものである。地主と耕作者側との間に成立した示談は、本来の小作地解放と異なり、地主に有利な条件をもつて返還される契約であり、本議案が上程されるにいたつたのは、当事者間に右土地返還契約が締結されたことに基づくものであるから、地主側、耕作者側それぞれの実情を参考として聴取したのである。

また、本件最終決議に際しても、耕作者が、被控訴人との間に示談交渉の結果締結された土地返還契約のとおりの買収計画の承認を希望していたことは、証人松本源一の供述からも了知し得られるのであつて、右契約を破棄し、農地委員会の決議の決行に強引な誘導発言をしたというような著しく決議の公正を害する事実は、関係委員らにはなんら存在しない。

本件において最終的に決議され、成立した案は、右土地返還契約の内容とは異なるが、地主側江川委員から、「右成立案が可決できないときは、最初のとおり(すなわち、自創法の定めるとおり)にしてはどうか」との発言がなされている。けだし、公正な議事を期する意味においては、右発言は、自創法の強制買収の規定に照らし当然であろう。なんとなれば、そうでなければ、被控訴人のみ超過小作を解放されないことになり、他の者と著しく均衡を失し、不合理となるからである。したがつて、本件においては、出席委員中、右三名が参与しなかつたとしても、諸般の事実を綜合的に判断すれば、その発言をすると否とにかかわらず、本件議決は、当然に成立し得べき実情下にあつたものといわざるを得ない。

また、かりに、利害関係者たる松本源一、富永米太郎の発言により、議決が無効とされるとしても、そのかしは、右両名が売渡しを受けた土地のみに存し、累を他の耕作者に及ぼすべき筋合いのものではない。

3  被控訴人に対する買収令書の交付はなされたものと認めるべきである。

(一)  買収令書の交付は、買収計画の樹立にはじまる一連の買収手続を完結させ、買収手続を完結した旨の買収の効力を終局的に所有者に告知する行為である。したがつて、買収令書の交付があつたというためには、相手方が現実にこれを受領し了知することを要せず、相手方が了知し得る状態に達しておれば、交付というに充分であるというべきである。

これを本件についてみるに、徳島県知事は、昭和二五年一二月二日付買収計画に基づきなした買収処分の買収令書を、同年一二月二〇日付をもつて同日徳島市農地委員会に送付し、右令書を買収の相手方に交付するよう指示した。

右農地委員会は、昭和二五年一二月下旬徳島市内居住の被買収者については、各人宛買収令書を受領のため委員会事務局に出頭されたい旨の通知をするとともに、同市外居住者については、昭和二六年一月一〇日付をもつて、当該居住地農地委員会あて交付方を依頼して、各々交付をなしたものである。

ところで、被控訴人については、同人が買収令書受領のため右事務局に出頭しなかつたので、徳島市農地委員会では昭和二六年一月下旬事務局職員米津森一が被控訴人の同市万代町四丁目二四番地の自宅に赴き、被控訴人本人に面接のうえ買収令書を同人に手渡そうとしたところ、被控訴人は、右米津森一が持参したのが、自己に対する買収令書であることを知りながら、その受領を拒否したのである。

被控訴人は、同人に対する買収処分の内容を知悉しており、右買収令書が、本件農地の買収令書であることを知つていたのであるから、右事実によつて、被控訴人が買収令書の発せられたことおよび右令書の内容を知り得る状態に達したものというべく、ここに買収令書の交付の効果は生じたものというべきである。

なお、「控訴人は、昭和二五年一二月下旬、本件買収令書を被控訴人に交付した。」旨の従前の主張は、撤回する。

(二)  かりに、右買収令書の交付について手続上「かし」があるとしても、徳島県知事は、農地法施行法二条一項一号の規定により、昭和三九年六月二二日農地第一、二一四号をもつて被控訴人あて買収令書を郵便にて発送し、右令書は、同月二三日被控訴人に到達しているから、本件買収処分の効力には影響はないというべきである。

農地法施行法二条一項一号は、農地法施行の当時、買収が終了していない場合はもちろんのこと、自創法六条五項による公告につづいてなされたその後の買収手続にかしがあるため、買収の効力を生じないものとされている場合にも適用されるものである(東京地裁昭和三〇年(行)第八九号昭和三三年一月二九日判決、東京高裁昭和三四年(ネ)第一八五一号昭和三五年一二月二二日判決参照)

右規定により買収する場合の農地買収処分の適法性を判断する基準となるべき時点は、農地買収計画の公告の時点であり、また、右買収処分の効力は、農地買収計画で定めた買収の時期に遡及するものと解すべきである。

二  被控訴代理人は、つぎのとおり述べた。

1  控訴人主張の3の(二)の事実のうち、昭和三九年六月二二日発送の買収令書と題する書面が、同月二三日被控訴人に郵送されてきて、被控訴人が右書面を受領したことは認める。

2  対価の供託、買収令書の交付についての主張

(一)  対価の供託

昭和三九年一月二七日付供託通知書(甲第一三号証)が書留郵便をもつて送達せられた。

内容、供託者徳島県知事原菊太郎供託金額金七、一一七円であり「供託の原因たる事実」として右通知書に記載されたる文面は左記の通りである。

供託者は被供託者の代理人として国が自作農創設特別措置法三条により買収した農地等の対価を国から昭和二五年一一月二八日に受領し被供託者に交付しようとしたが受領を拒んだので供託する。

内容の誤謬右の記載は左に指摘する如く事実に反し、またあり得ない誤謬の数々を含んでおる。

(1) 「供託者は被供託者の代理人として」とあるが被供託者芝彦一は供託者徳島県知事に代理委任したことはないのである。控訴人が申請した証人米津森一は第一審において「被控訴人芝彦一の娘に昭和二五年一二月二〇日前後に買収令書を徳島市農地委員会事務所において交付しその受領書と同時に対価等の受領の委任状に認印を押させた」旨証言したが昭和三九年九月二一日第二審における証言においては右第一審における証言を全部撤回し「買収令書は被控訴人芝彦一が受領を拒んだので之れを県に返送した」と改めて全く異つた証言をなした。即ち買収令書を交付しておらず従つて買収土地の対価の受領を県知事に委任することは全くあり得ないことを立証しておるのである。

(2) 「代理人として対価を国から昭和二五年一一月二八日に受領し」とあるが控訴人は本件買収令書を昭和二五年一二月二〇日付をもつて徳島市農地委員会に送付したと主張するを以て此の日以前同年一一月二八日に県知事に被控訴人芝彦一が対価受領の代理委任して対価受領してもらつたということはあり得ないことである。

また他方において本件買収計画樹立が昭和二五年一〇月一八日であり県農地委員会は同年一二月中には開催されていないので買収期日同年一二月二日迄には同年一一月三〇日の委員会以外には右買収の承認の機会はなかつたのである。それ故にその承認前同年一一月二八日に県が国から未承認の本件買収の対価を受領することはあり得ないことである。

(3) 「農地等の対価を」とあるが供託金七、一一七円は単に対価の金額でなく県保存の買収令書副本と照合するに対価及び報償金合計額に相当しておる。

要するに右記の如く供託通知書記載の「供託の原因たる事実」の内容はあまりにも事実と相違しており之れを以て本件買収土地の対価の供託と見なすことはできないものである。

(4) 既に第一審で買収無効の判決があり之れに対して控訴中において買収並びに売渡処分後一三年余を経過したる昭和三九年一月二七日まで対価支払の処理を放置し突然右記の不明瞭な供託をしたからといつて対価不払の責を免れることはできない。

右供託は買収処分に不可欠の要件である対価の支払処理を怠つた重大なる瑕疵の存在を処分庁自ら明したものといわなければならない。

(5) 買収土地の対価受領の代理委任状と買収令書とは用紙が直結しており従つて「代理委任の有無」はまた直ちに「買収令書の交付の有無」を示すものである。即ち審理の現段階で一つの焦点となつた「買収令書の交付の有無」を立証決定する上で「代理委任の有無」は重要な役割をなすものである。

供託書における記載では対価受領の代理委任は堂々と存在することになつておるが右に指摘した如く之れは全く事実に相違しており、かような代理委任は存在しないのである。右供託書は虚偽記載の公文書である。控訴人はこの時期までは「買収令書の交付」の主張を棄ててはいなかつたことが知れるのである。

(二)  買収令書の交付に関する控訴人の主張の撤回と米津森一の証言

従来控訴人は前記対価の供託においても買収の有効を主張して来た処その後突然法廷で「買収令書の交付」の主張を撤回した。またその後控訴人が申請した証人米津森一は昭和三九年九月二一日の第二審における証言において第一審での「委員会に出頭した芝彦一の娘に買収令書を交付しその受領証及び対価等受領につき県知事を代理人とする委任状に認印を捺印させた」旨の証言は徳島市農地委員会事務局主任竹本恒一との話合いに従うたもので事実は「買収令書を芝彦一宅に持参したが受け取らなかつたので県に返送した」旨改めて証言をなした。即ち米津森一は第一審では「買収令書の交付」、第二審では「買収令書の未交付」と全然矛盾した内容の証言をなしたのである。

乙第一四号証の一によるも芝の欄は受領の印はないことによつても買収令書の交付のなかつたことは明白である。勿論旧自創法九条に規定されている交付に代る公告もない。控訴人は之等の真実を認め次に買収処分がなされたことを了知し得る状態にあつたのであるから右処分は適法に到達しておると主張しておるが買収処分が買収令書の交付を以て絶対の要件としておる以上之れなき本件買収は無効である。

右の如く「買収令書の交付」はなされていないことが立証せられ此の交付手続の欠如は買収処分無効の原因となる重大瑕疵であつて換言すれば本件買収処分は無効であることを立証したものと言わなければならない。

控訴人の「買収令書の交付」の主張を撤回し、また控訴人の申請したる証人米津森一が第一審における「買収令書の交付」の証言を撤回して第二審において「買収令書の未交付」の証言をなしたることは明らかに控訴人が本件買収処分の無効を肯定することを意味しその後昭和三九年六月二二日付農地法施行法二条一項の規定による新規買収令書の交付がなされた事実を思い合せて奇怪にも突然右記の如く「買収令書の未交付」従つて「旧買収の無効」を肯定するに至つたことは右法規の適用を一応可能にする下地を作つたものと推測せられる。即ち右法規の適用には「買収の効力を生じていない」ことを要件としておるからである。

(三)  農地法施行法に基づく買収令書の交付によつて惹起されたる事態

旧買収処分があつて一三年余を経た昭和三九年六月二二日付農地法施行法二条一項一号の規定に基づき新たに買収令書が交付せられた。これによつて本件土地の従来の買収(以下「旧買収」という。)が「効力を生じていないもの」と認定して改めて右記規定に基づいた買収(以下「新買収」という。)がなされたのである。

右の新買収が効力ありとすると次の諸項に記する如き重大なる事態が起こるのである。

(1) 右により処分庁自ら旧買収が効力未発生を肯定したのであるから今日もはや旧買収の効力を争う控訴の目的は消滅し新買収の効力を争わなければならないこととなる。

(2) 新買収処分は「旧買収処分が効力を生じていないもの」との前提のもとに行なわれたのであるから無効の旧買収処分を基礎として行なわれた旧売渡処分は当然無効でありまた斯ような旧買収及び旧売渡処分を敢行したことは被控訴人芝彦一の所有権の侵害をなす明白なる不法行為である。

(3) 農地法施行法二条一項に基づいて買収せられた農地は旧自創法に準じて売り渡さるべきでなく「農地法の売渡規定に従う売渡処分」がなされなければならないことが同法五条一項により明らかに規定せられている。

本件土地に対し昭和三九年六月二二日農地法施行法二条一項による新買収はなされたが未だ右記農地法施行法五条一項に規定する新売渡処分が行なわれていない現在被売渡人及び、転買人の本件土地の所有権は明らかに喪失しておることになるのである。

(四)  最近の控訴人の見解

控訴人は、県知事が既記の如く単に農地法施行法二条一項の規定による「新買収令書を交付」したことによつて古く昭和二五年に行なわれたる本件旧買収から旧売渡に至る一連の行政処分につき「旧買収令書未交付」が補正せられ全瑕疵が治癒せられて昭和二五年に遡及して全面的に効力が回復せられたとの見解を持つておる。然しながら過去において行なわれた行政処分に重大なる瑕疵が存在する場合おのずからそれが治癒するに至る場合を除き何処までも重大なる瑕疵として残るものであつて他から払拭して無瑕疵とすることは許されない。即ち新たになされた買収令書の交付により、さきになされた旧買収には買収令書の交付又は之れに代る公告のいずれもなされなかつた瑕疵が補正つまり治癒されるわけではない。

旧自創法により買収計画及びその公告が農地法施行時までになされた土地につき何等かの理由によりその旧買収が効力を生じていない場合に対して農地法施行法二条は旧自創法を準用してその買収の跡仕末を可能にした経過規定である。即ち農地法施行法二条一項は施行法一般の性格から明らかな様にいわゆる経過措置を定めたものであつて旧法によつて進行途中にある手続がその廃止によりすべて烏有に帰しその時迄に実施された手続がすべて徒労に終る事を防ぐ目的の為にのみ定められたものであり旧法により実施され既にすべての手続が完了してしまつておる本件の様な場合について旧法の廃止後瑕疵が発見され其の結果処分の無効が確認された場合を予想してそれ等の場合を救済するために旧法の効力を維持して居るものではない。又これを適用して新買収をなしたる場合につき買収土地が適法要件を満足しているか否かを検討して新買収の効力を判断するにはその新買収が効力を発生する時期即ちその新買収令書交付の時期を基準としてその土地の状況により判断すべきものであつて買収計画を樹てた過去の時期における状況によるべきではないのである(大阪地裁昭和三七年(行)第四一号行政処分無効確認等請求事件昭和三九年九月三日判決参照)。

昭和三九年六月二二日付新買収令書交付と同時に旧自創法による旧買収処分が昭和二五年一二月二日に遡及して効力を生じたと県知事により通知せられておるが右記の如く此の場合過去に遡及して旧買収の効力が生じることはないのである。

農地法施行法二条一項の適用による買収処分の要件はその処分の発効時にその土地が具備していなければならないもので旧買収処分時期の状況とは別箇のものでその時期旧買収が効力を生じていなかつた場合に対し新買収令書によつてそれが補正されて未発効の原因が除去されそのとき存在した重大なる瑕疵が治癒されるものではないのである。

仮に適法に新買収令書が交付されて新買収が成立したとしてもそれまで効力の生じていなかつた旧買収の効力が生ずることにはならないのである。

三  証拠(省略)

理由

一  控訴人が、被控訴人所有の本件土地(以下、略語は、原判決の事実摘示の例による。)について、自創法の規定に基づいて、本件買収処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人が、本件買収処分の無効原因として主張する1ないし11の各論点について、以下順次検討する。

1  地区農地委員会の本件買収計画樹立の議決は無効であるとの主張について。

(一)  まず、事実関係をみるに、

昭和二五年一〇月一八日開催された第一〇回徳島市斉津地区農地委員会において本件買収計画が議決されたこと、右地区委員会に委員である松本源一、富永米太郎、吉田源吉の三名が出席していたことは、当事者間に争いがない。

(1) (旧買収処分とその取消し)

成立に争いがない甲第一号証の四ないし七、第一号証の八の一、第一号証の九の(イ)、(ロ)、第一号証の一〇、一一、一二、証人竹本恒一(原審第一回)の証言により真正に成立したことが認められる乙第一一号証、証人竹本恒一(原審第一回、当審)の証言、被控訴人本人(原、当審)の尋問の結果を綜合すれば、徳島市万代町五丁目、六丁目所在の被控訴人所有の約二町三反の農地、すなわち、別紙略図記載の、本件土地を含む1、2、3、4、5、6の計約二町三反(ただし、同略図の斜線部分を除く。)の土地については、昭和二四年六月頃買収計画が樹立され、昭和二四年一〇月二日付で買収令書が発せられたが、その内容は、別紙略図の道路北側の1、2、3の各土地計約三反歩と道路南側の土地のうち道路ぞいの土地約一反九歩とを被控訴人の保有小作地として残し、他の計一町八反二六歩の土地は、すべて買収するというものであつた。右買収処分に対し、被控訴人は、買収土地が小作地ではないことなどを争つて、異議、訴願をなし、ついで訴を提起したのであるが、徳島県農地委員会は、昭和二五年六月末、右買収手続に誤謬があつたとして、みずから右買収処分を取り消した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) (土地返還契約)

成立に争いがない甲第二号証の三の一ないし三、乙第九号証、証人松本源一(原、当審)の証言、被控訴人本人(原、当審)の尋問の結果に後記6認定の耕作関係の事実を綜合すれば、

右旧買収処分の取消後、土地所有者である被控訴人と耕作者らとの間で話合いが進められ、昭和二五年九月八日被控訴人と耕作者である訴外朝比奈清兵衛ほか二七名(もつとも、この二八名は、当時の耕作者をすべて含むものと断定できないが。)の代理人が富永米太郎との間でつぎのような土地返還契約なるものが締結された。すなわち、(イ)耕作者は、被控訴人に対し、別紙略図の1、2、3、4、5の部分を昭和二五年一一月末日かぎり(甘藷収穫後)返還する。(ロ)被控訴人は、農地委員会が同6の部分について買収計画を樹立したときは、それが右耕作者らに売渡しになるよう努力する。(ハ)右1、2、3の部分は三反歩とし、4、5、6は被控訴人と耕作者らとで実測面積を折半する。もし1、2、3の部分が三反歩に足りないときは、耕作者らが6の中から右不足分を返還する。(ニ)被控訴人は、耕作者らの土地返還が完了したときは、金三〇、〇〇〇円を耕作者らに交付する。(ホ)被控訴人は、右(イ)に定める土地返還を受けたときは、一年以内に6地上の松樹を収去する、というのが、右契約の内容であつた。

以上の事実が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

(3) (農地委員会の審議経過)

成立に争いがない甲第二号証の五の一、乙第一号証、前出乙第一一号証、証人松本源一(原、当審)、同中津勉(原審第一回の一部)、同海原昇、同竹本恒一(当審)の各証言に右冒頭の争いがない事実を綜合すれば、

前認定のような土地返還契約が当事者間に成立した事情を受けて、地区委員会は、再び被控訴人所有の農地について買収計画を樹立すべく、ここに昭和二五年一〇月一八日第一〇回斉津地区農地委員会が開催され、議長以下九名の委員、竹本恒一書記らが出席したが、右委員中には、耕作者であつて売渡しを受ける予定であつた松本源一、吉田源吉、富永米太郎の三委員も含まれ、被控訴人も、委員会の求めにより出席した。

右委員会の審議に入る前、右三名の委員は、買収土地の売渡しに関係があるため、買収計画樹立の審議に当つては、議事および議決に加わることができないこと、委員会の承認があれば発言することができることが委員会によつて決定され、告知された。

ついで委員会の審議に入り、委員会の事務局側から、旧買収処分とその取消し、被控訴人と耕作者らとの間の話合い、土地返還契約など従来の経過について説明があり、被控訴人も過去の事情について説明し、右土地返還契約の線に沿つた買収がなされることを希望する旨意見を述べ、松本源一委員も、委員会の承認を得て、耕作者側として意見を述べたが、右被控訴人の希望意見については、別段反対を表明しなかつた。しかし、右三名を除く各委員の考え方の大勢は、買収面積の点では、右返還契約の内容にさして異存はないが、買収すべき土地部分の位置については、他の地主との均衡問題もあり、委員会独自の立場で決定すべきである、というのであり、具体的には、別紙略図の道路南側の土地における買収地非買収地の境界線は、右土地返還契約のように東西の線ではなく、南北の線とし、その西側の土地を被控訴人に返還し、東側を買収するというのであつた。被控訴人は、右南北の線による分割を不満とし、一たん委員会の部屋から退場したが、議長中津勉、書記竹本恒一らは、前述のように、かつて被控訴人に対する旧買収処分に対し、被控訴人から、異議、訴願、訴の提起などがあり、ついに買収処分を取り消すということがあつたので、今回はさようなことの起らないようにするため、できるだけ被控訴人の納得のうえに買収計画を樹立したいと考え、委員会を休憩とし、右退場した被控訴人を追つて種々説得に努めた。

その結果、被控訴人は、右委員会の案によるも、道路北側はすべて返還されることと、もし右案に従わないときは、委員会が、自創法の規定により、五反歩の小作地を残し、その余を全部買収するという措置に出るかも知れないことを懸念し(ただし、耕作者側委員が、被控訴人の希望意見に反対でなかつたことは、前述のとおりである。)、右案に不満をもちつつも、これを了承するにいたり、委員会を再開して、なお審議の結果、被控訴人出席のもとに、右三名の委員を除く委員の全員一致の議決で買収計画を樹立するにいたつた。その決議内容は、右委員会議事録のしるすところによれば、「道路の北側三反は無条件にて返還すること。南側を東西に折半し、西側を松林は農地と認めず(ただし、この意味については、後記7参照。)、付近農地は返還して芝氏の自作、東側を現耕作者に解放」というのであつた。

以上の事実が認められ、証人中津勉(原審第一回の一部)、同竹本恒一(原審第一、二回)の各証言、被控訴人本人(原、当審)の尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比したやすく措信できず、他にも右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  旧農地調整法一五条の二四は「委員ハ自己並ニ同居ノ親族及其ノ配偶者ニ関スル事件ニ付議事ニ参与スルコトヲ得ズ但シ市町村農地委員会又ハ都道府県農地委員会ノ同意アリタルトキハ会議ニ出席シ発言スルコトヲ得」と規定しているが、委員松本源一、同富永米太郎、同吉田源吉の三名は、前述のように、買収土地の一部の売渡しを受けることが予定されていたものであるから、右委員三名にとつて、右第一〇回委員会の議事は、同条にいう「自己………ニ関スル事件」に当り、同委員会の議事から除斥されるべきものである。そして、右に認定した事実によれば、右三者は、委員会に出席していたが、議事および議決から除外され、ただ委員会の承認があれば発言できることとされ、松本源一の発言は、委員会の承認を得てなされているから、形式的の面からみて、なんら違法の点はない。また、実質的の面からみても、委員会が地主と耕作者側との双方から、従来の経過などを聴取しようとしたのは当然であるから、委員会が松本源一に右発言を許したことは、違法でもなく、権限の逸脱でもない。前出甲第二号証の五の一、乙第一号証(右委員会議事録)には、委員富永米太郎は、「保有するところは、この場にてはつきり表示していただきたいと思います」と発言していることが認められるが、前掲各証拠によれば、右発言は、南北の線で分割する旨の委員会の強い意向が表明された後になされており、右委員会で主要な問題となつた分割方法の決定に影響を与えたものとは認められないから、重大な違法とはいいがたく、他に、本件買収計画樹立の議決を無効ならしめる程著しく議決の公正を害する事由があつたことを認めるに足りる証拠はない。

結局、被控訴人の右主張は採用し得ない。

2  被控訴人の異議申立について審議決定がないとの主張について。

被控訴人が、買収計画書の縦覧期間内である昭和二五年一一月五日地区委員会に対し異議の申立てをしたことは、当事者間に争いがない。

成立に争いがない甲第二号証の六、第二号証の八の一、証人中津勉(原審第一回の一部)、同竹本恒一(原審第二回の一部、当審)を綜合すれば

右のように、被控訴人から異議の申立てがあつたが、右農地委員会長中津勉、同書記竹本恒一らは、本件買収計画が前記認定のように、被控訴人の了承のうえで議決されたものであること、右異議申立当時、被控訴人は、すでに、右議決の線にそつて耕作者から返還を受けるべき土地は現実に返還を受けて耕作をはじめていた事実などにかんがみ、右異議申立を正式に、委員会の審議にかけて処理するまでのことはないと判断し、右異議申立書を正式に受理しないで、被控訴人にその取下げをすすめ、その後、被控訴人が公式の解答を得たいというや、昭和二五年一二月一四日付の地区委員会長中津勉名義の文書をもつて、「調停買収であるから、右異議申立について審議をしない。」旨の回答をした。

以上の事実が認められ、証人中津勉(原審第一回の一部)、同竹本恒一(原審第二回の一部)、被控訴人本人(原、当審)の各供述中、右認定に反する部分は、前掲証拠と対比し、にわかに措信することができない。

被控訴人が右異議申立を取り下げた事実を認めるに足りる確証はない。また、地区委員会の右異議申立を却下する旨の決定があつたものと認めるべき証拠もない。

そして、右買収計画について、徳島県農地委員会の承認があつたことは、当事者間に争いがない。

自創法七条は、買収計画について異議のある農地の所有者に対し、異議、訴願を申し立てるみちを与え、同法八条は、右異議、訴願がなかつたとき、または異議、訴願に対し、決定、裁決がなされた後に、都道府県農地委員会が買収計画について承認を与えるべきものとしているが、右は、いうまでもなく、農地所有者に対し、買収計画について不服申立をするみちを与えて、その権利が不当に侵害されることのないよう保護しようとするものである。

したがつて、前述のように、被控訴人から異議申立があつたのにかかわらず、これに対し決定することなく、買収手続を進めたことは、異議、訴願の不服申立の方途を与えた法意に反し、違法であるといわなければならない。

しかし、本件において、右違法が明白かつ重大なものであつて(明白性の点は疑いがない。)、本件買収処分を無効ならしめるものであるかどうかについて考えるに、前述の本件買収計画樹立にいたるまでの経過によれば、右買収計画は、途中若干の曲折はあつたものの、結局、被控訴人の了承のうえで樹立されたものであり、とくに被控訴人の出席を求めてその了承のうえで議決をしたのも、かような異議などの問題が生じないようにする趣旨が含まれていたのであるから、中津勉、竹本恒一らが、右異議申立を正式の審議にかけるまでもないと判断したことにも、無理からぬ点があり、前出甲第二号証の六によれば、右異議申立の理由は、本件土地は小作地ではないというのであるが、前認定のように、右第一〇回地区委員会における審議の際は、委員会側、耕作者側はもとより、被控訴人も、本件土地が小作地であることは当然のこととし(旧買収処分に対する異議などのときは、小作地であることを争つていたにもかかわらず。)、これを前提として、議事が進められていたのであるから、右不服点に関するかぎり、法の予想する救済方法(異議、訴願)は、実質的に見れば、すでにつくされているともいい得るのである。この点は、実質的にも被買収者の意に反して強行される通常の場合と趣を異にするのである。前出甲第二号証の八の二にある「調停買収」なるものは法律上存在しない。あくまでも自創法の規定による強制買収である。しかし、被控訴人が、右強制買収の内容を事前に知得し、かつ、了承しており、話合いに基づいて議決されたことも事実である。かように考えれば、本件買収処分は、違法ではあるが、その違法は、右買収処分を無効ならしめるほど重大なものではないと解するのが相当である。被控訴人の(イ)、(ロ)、(ハ)の各主張は、いずれも理由がない。

3  本件買収計画は、買収の時期までに六〇日の期間をおいていないとの主張について。

右六〇日の期間をおいていないこと(買収の時期が昭和二五年一二月二日であることは、当事者間に争いがない。)自体は、なんら買収計画を無効ならしめる違法とはいえないから、右主張は採用し得ない。

4  本件買収処分について、被控訴人に対する買収令書の交付がないとの主張について。

右主張に対し、控訴人は、米津森一が昭和二六年一月下旬買収令書を被控訴人の自宅に持参し、受領方を求めた旨述べ、証人米津森一(当審)は、控訴人の右主張にそう証言をしているが、同証人は、原審においては、これと全く異る証言をしていたのであり、何故さように証言内容が異つてきたかについての同証人の説明も、証人竹本恒一(当審)の証言と対比し、にわかに納得しがたく、成立に争いがない乙第一四号証の一、二、証人米津森一(当審)の証言により真正に成立したことが認められる乙第一五、第一七号証を合わせ考えても、右主張を認めるに足りない。

証人赤松勢の証言により真正に成立したことが認められる乙第五号証中の被控訴人関係の(13)(14)の欄および右証人の証言も、被控訴人本人(原、当審)尋問の結果と対比し、にわかに、買収令書交付の事実を認めるに足りず、他にも、右事実を認めるに足りる確証はない。

かように、本件買収処分は、買収令書の交付がないまま手続が進められ、ついで買収土地の売渡処分も行なわれたのであるが(以上のことは、当事者間に争いがない。)、控訴人は、「その後、徳島県知事が、農地法施行法二条一項一号により、昭和三九年六月二二日発送の買収令書を被控訴人あて郵送し、同月二三日被控訴人が右書面を受領した」旨主張し、被控訴人は、「右昭和三九年六月二二日発送の買収令書と題する書面が同月二三日郵送されてきて、被控訴人が右書面を受領したことは認める」旨答弁し、右争いがない事実、書面の形式により右昭和三九年六月二二日付買収令書の控であることが認められる乙第二二号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、徳島県知事が右昭和三九年の買収令書を発し、それが同月二三日被控訴人に郵送交付されたこと、右買収令書は、昭和二五年一二月二日を買収の時期として発せられたものであることが認められる。

そこで、右昭和三九年の買収令書の交付による効果について考えるに、農地法施行法二条一項一号の規定は、買収計画の公告がなされたが、その後の手続がなされていない場合のみならず、買収手続は一応終つたが、その手続の一部にかしがあるため買収の効力が生じていない場合にも適用があると解するのが相当であり、右買収令書の郵送交付もこの規定によつてなされたのであるから(なお、本件買収手続において、自創法六条五項の公告がなされていたことは、被控訴人の認めるところである。)、本件買収処分は、買収の時期である昭和二五年一二月二日に遡つて適法に効力を生じたものというべきである。なるほど、右買収令書の交付は、買収の時期よりも一三年余おくれているけれども、そのために被控訴人の権利が不当に侵害されたという事情も見当らないから、右のようにおくれた事実により、直ちに違法であるとするのは相当でないと考える。

被控訴人のいわゆる「新買収」を前提とする主張は、採用し得ない。

なお、右昭和三九年の買収令書における買収土地の特定について一言するに、右乙第二二号証、被控訴人本人(原審)の尋問の結果により真正に成立したことが認められる甲第五号証に、後記7の説明を合わせ考えれば、買収土地は、優に特定しているものということができる。

被控訟人の右主張は、理由がない。

5  国は、買収の対価を支払わず、供託もしていないとの主張について。

成立に争いがない甲第一号証の一四、第二号証の一二、証人赤松勢の証言により真正に成立したことが認められる乙第五号証(ただし、同表中、(13)(14)の欄の記載部分を除く。)、証人竹本恒一(原審第一回)、同赤松勢の各証言を綜合すれば、

本件買収の対価など金七、一一七円の支払については、他の案件と同様、通常必要とされる期間内に、その手続が進められ、農林省から送られた右対価などが徳島県信用農業協同組合連合会に保管され、所要の手続をとれば、被控訴人がいつでも受領できる状態にあつたこと、昭和二七年六月二三日および昭和三一年一二月一七日頃には被控訴人に対し右受領方の催告がなされていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

被控訴人は、甲第一三号証(供託通知書)の記載内容が事実に反し、また、供託が甚だしくおくれていると主張している。しかし、国が対価などの支払を著しく遅滞しているということができないことは、前述のとおりであり、供託が違法であるという右主張は、要するに、対価などの支払手続のかしを問題とするもので、それが買収処分そのものの効力に影響を及ぼし、これを無効たらしめるものとは到底解せられない。

被控訴人は、「国が、買収期日までに、対価を支払い、または供託をしないときは、その買収令書は効力を失う」というが、さようなことを定めた法令はない。被控訴人の掲げる譲渡政令三条一項は、本件買収処分には適用がない。

6  本件土地の全部または一部が小作地ではないとの主張について。

昭和一五年三月頃徳島市農業会が被控訴人から本件土地を含む約一町七反の土地を借り受け、訴外富永米太郎らに右土地を耕作させていたことは当事者間に争いがない。

右争いがない事実に、成立に争いがない甲第一号証の一の(イ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、第一号証の二、第二号証の一、第二号証の八の二(ただし、被控訴人に関する部分を除く。)、証人松本源一(原審)、同香川省吾、同竹本恒一(原審第二回の一部)、同富永米太郎(原審)の各証言、被控訴人本人(当審)尋問の結果を綜合すれば、

本件土地および付近一帯の被控訴人所有の土地は、もと干拓地を埋め立てたものであつたが、昭和一四、五年頃から、戦時下食糧増産の趣旨で、徳島市農会(徳島市農業会の前身)が被控訴人から賃借し、徳島市農会が、被控訴人の承諾を得て、傘下の農事実行組員である富永米太郎ほか二一名の者に賃貸して耕作させ、同人らが同所を開墾し、甘藷、小麦などを作つてきた。右土地の範囲は、契約書では「万代町九番地の二ほか一五筆計約一町七反」と表示されていたが、現地におけるその範囲は必ずしも明確でなく、右土地は、本件土地を含み、おおむね別紙略図の1、2、3、4、5、6の範囲におよんでいた。右契約において、被控訴人の意思は、必ずしも耕作者を当初の二二名に限定するというものではなく、日時の経過により多少の増減変更のあることは、被控訴人において了承していたのであり、かくて、本件買収当時における耕作者は、訴外北島正ほか三六名になつていた。

以上の事実が認められ、証人竹本恒一(原審第二回)の証言中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

被控訴人は、主張の(イ)において、本件土地は、小作地ではないというが、右認定の事実によれば、本件土地は、その全部が、自創法三条一項二号にいわゆる小作地であると認定するのが相当である。

被控訴人は、その主張の(ロ)において、昭和二二年一〇月徳島市農業会と合意のうえ、前記賃貸借を解消したというが、かような事実を認めるに足りる証拠はない。証人香川省吾の証言により真正に成立したことが認められる甲第一号証の三(覚書)も、右証人の証言と対比するときは、被控訴人の右主張を認めるに足りない。他にも、右賃貸借が有効に終了したことを肯認するに足りる主張も証拠もない。また被控訴人は徳島市農業会の解散により右賃貸借契約は終了したという。徳島市農業会が昭和二三年八月一五日解散したことは、当事者間に争いがない。しかし徳島市農業会は、右解散により直ちに法人格を失うものではなく、清算の目的の範囲内で存続するものとみなすべく(農業団体法施行令(昭和一八年勅令第七一三号)六〇条、民法七三条)、右賃貸借関係を継続することは、右清算の目的の範囲内に属すると解されるから、被控訴人の右主張は、理由がない。

被控訴人の(ハ)の主張が理由がないことは、前述したところから明らかである。

7  本件買収処分は、買収土地の特定を欠くから無効であるとの主張について。

本件買収計画の議決が「道路の南側を東西に折半し、西側松林を農地と認めず、付近農地は返還して芝氏の自作、東側を現耕作者に解放」というものであつたこと、買収計画縦覧書および買収令書(ただし、昭和二五年一二月二日発行のもの。昭和三九年六月二二日発行のものについては、前記4において述べた。)に記載された買収土地の表示が、原判決添付別紙目録記載のとおりであつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

前出乙第一一号証および甲第五号証、証人竹本恒一(原審第二回、当審)、同松本源一(原審の一部、当審)、同海原昇(一部)、同米原義隆の各証言、検証、(第一回)の結果に、右争いがない事実、前記認定の買収計画の審議経過を綜合すれば、右買収計画樹立の審議のとき、買収すべき土地の所在、地番、地目および面積は、個々の土地ごとに明確にされていなかつた。しかし、別紙略図道路南側の土地を前述の南北の直線で折半し(ただし、同略図斜線部分は含まない。また、前記買収計画の決議として「松林は農地と認めず」としたのは、買収したあとの保有面積が、他の一般の地主の場合より過大になる不均衡を糊塗するため、形式上そうしたままで、審議の実質においては、松樹の間が耕作されているので、農地と認め、道路南側総面積の中に含ませていた。)、その東側、実測面積九反五畝二〇歩を買収するものであること、現地における右面積の実測は、本件土地の東側から押し進められるべきこと(なお、右実測の際、他の隣接地との境界に疑はなかつた。)および右南北の境界線は、別紙略図記載の松林の東端付近に南北に走つていた作道に平行にひかれるもので、その位置は、右作道の東で、右松林の東端からほぼ二、三間のところになることは、委員会の議決の内容として確定されていた。地区委員会は、右議決のときに予定されていたとおり、右議決の一、二日後、現地において右のとおり実測し、買収地非買収地の境界線を設定し界標杭を設置した。買収計画縦覧書および買収令書には、買収すべき土地として原判決添付別紙目録記載のとおり表示されていたが、同表示の土地は、右道路南側の土地の各筆ごとの境界が不明であるため、その全部を公簿により掲げたものである(ただし、五丁目八番の土地については、後述する。)。

以上の諸事実が認められ、証人松本源一(原審の一部)、同海原昇(一部)、被控訴人本人(原、当審)の尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比し、措信することができず、他にも右認定を左右するに足りる証拠はない。

右に述べたように、買収計画縦覧書および買収令書においては、買収土地以外の土地をも表示していること、買収土地としては、実測面積を表示するにとどまること、買収計画樹立の段階では、南北の境界線が、図面のうえではともかく、現地においては特定されていなかつたことなどだけから考えると、買収土地が特定されていたとみるべきかどうか疑問の余地なしとしないが、本件においては、買収計画樹立の当時から、買収土地の位置、その実測面積、現地における実測の仕方、非買収地との間の境界線の形状、方向などが明確に定められていたのであるから、買収土地は十分特定されていたのであり、かような事情の下では、右程度の買収令書などの記載だけでも、買収土地の範囲が関係当事者に疑いのない程度に十分了知されていたのであるから、買収令書などにおける土地の特定についても、欠けるところがないと解するのが相当である。

そこで被控訴人の(イ)(ロ)の主張は採用し得ない。買収土地が右実測面積より一〇〇余坪広くなつていることを認めるに足りる証拠はない。また、右買収令書などにおいて「万代町五丁目八番原野三反三畝一一歩」とあるのは、前出甲第五号証、成立に争いがない甲第二号証の一一によれば、「万代町五丁目八番の一原野三反三畝一一歩、同八番の二原野二反九畝一五歩、同八番の三原野一畝二一歩」と表示すべきであつたのであるが、買収すべき土地の範囲は前述したことから明らかであり、右表示は明白な誤謬であつて、これによつて買収土地の範囲が不明になるものとは考えられないから、被控訴人の(ハ)の主張も理由がない。本件にあらわれた全証拠によるも、農道を付帯施設として買収すべきであることを肯認できないから、(ニ)の主張も理由がない。

8  本件買収処分は、被控訴人所有土地でないものを、また、強制買収のできない土地を買収の対象としたとの主張について。

旧買収処分が昭和二五年六月末徳島県農地委員会によつて取り消されたことは、前認定(1の(一)の(1))のとおりである。右取消しにより、買収処分がなされなかつた状態に復帰したものであり、本件土地が本件買収処分の当時被控訴人の所有であつたことは疑いがない。また、右の説明により、本件土地が譲渡政令一条二項所定の土地に当らないことは、明白である。

よつて、被控訴人の右主張は採用し得ない。

9  本件土地は、自創法五条四号により、買収の対象となり得ない土地であるとの主張について。

成立に争いがない甲第一号証の六、第一号証の八の二、第一号証の一二、公文書であるから真正に成立したものと認め得る乙第二号証(徳島県告示第二九七号)、証人竹本恒一(原審第一回)の証言を綜合すれば、

本件買収土地は、買収計画樹立当時およびその後、自創法五条四号の規定によつて徳島県知事が指定した区域内に含まれていなかつたこと、その他同条同号に該当する土地ではなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

被控訴人の右主張は、理由がない。

10  本件土地は、近く使用目的を変更するのを相当とする土地であるとの主張について。

本件土地が、徳島県庁の東四〇〇メートル余に位置していること、右土地が被控訴人方で埋め立てた土地の一部であること、本件土地の売渡処分後、その一部が売却され宅地となつたことは、当事者間に争いがない。

証人竹本恒一(原審第一、二回)、同海原昇、同富永米太郎(原審)の各証言、検証(第一回)の結果に、右争いがない事実を綜合すれば、

本件土地ほか付近の別紙略図記載の土地は、すべて被控訴人方において埋め立てたもので、昭和二五年の本件買収処分当時は、前述のように、その広大な一帯が農地として耕作され、付近には茅の原も若干存在していた。右買収処分後一〇年余を経た頃は、本件土地の約三分の二は宅地化され、建物が相当数建築された。右検証当時(昭和三四年一月一六日)の本件土地の四囲の状況をみるに、本件土地は産業道路に面し、北側は徳島港、西側は徳島県庁、専売公社徳島支局などの官庁街があり、南側に住宅、商店街を、東側に工場、会社街を控えていること。

以上の事実が認められる。右認定を動かすに足りる証拠はない。

ところで自創法五条五号は、近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地で市町村農地委員会が都道府県農地委員会の承認を得て指定し、または都道府県農地委員会の指定したものは、買収対象から除外する旨規定しているが、右認定の事実をもつてしては、たやすく右買収処分当時、同条同号による指定をしなければならなかつたものと断ずることはできず、他にも右指定を相当とした事情は認められない。しかも、右指定をしなかつたことが、重大かつ明白な違法であるとして、本件買収処分を無効ならしめるものとは、到底解されない。

被控訴人の右主張は、理由がない。

11  被控訴人がその主張の11において述べるところは、要するに、本件買収処分に伴い行なわれた登録登記手続の違法を主張するものであるが、かような手続の違法の問題は、その前に行なわれた本件買収処分の無効をきたすものとは考えられないから、右主張は採用し得ない。

三  以上の次第で、本件買収処分が無効であることの確認を求める被控訴人の請求は理由がなく、原判決中、右請求を認容した部分は不当であるから、これを取り消し、右請求を棄却すべきである。

よつて、民訴法三八六条、九六条、八九条、九四条後段に従い、主文のとおり判決する。

別紙

略図

〈省略〉

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